神奈川県川崎市の歯科、新丸子西口歯科です。

2014.1.4.

情熱思考のmasaさんのfacebookから
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久しぶりに、ものまねタレント、コロッケさんの「あおいくま」を再発見いたしました。



 あ…あきらめるな

 お…おこるな

 い…いそぐな

 く…くさるな

 ま…まけるな」



彼の生い立ちを知りましょう。



お笑いの世界の方で、いつも思い出すのはチャップリンです。喜劇役者というより哲学者でした。



同じようにお笑いをやる方の知識や思考にはっとすることがあります。デビューした頃の“タモリ”こと森田一義さんの週刊プレイボーイでの知性と造形の深い話に驚きを感じたのを今でも憶えています。



ジャズ好きのタモリさんは、早稲田大学を中退して地元福岡に帰り職を転々としていた時に、たまたま福岡の公演できていた山下洋輔さんのホテルでの宴会に誘われ、そこで宴会芸を披露したのです。



あまりの奇抜で面白い芸に、東京に帰った山下洋輔さんはこの話を周りの方々にしたそうです。



それを聞きつけた方が、タモリを東京に呼ぼうということになり、宴会芸をしてもらったのです。そこで感激した人気漫画家の赤塚不二夫氏は、彼を東京に来させて当時の豪華な自宅をタモリさんに使わせ、ご自分は狭いアパートに住み、当時の売れっ子漫画を書き続けたとか。



口にはだしていませんでしたが終生その恩を忘れなかったタモリさんは、ご自分が売れっ子になりお金に不自由しなくなった時に、赤塚氏が窮乏していることを聞きつけて、ご自分の外車を買ってよ?だったか。とに角高級車を二足三文で譲り、急場の生活費の足しにして下さいと言わんばかりに譲ったとか。



ところが一枚上手の赤塚氏は、売却したお金には手を付けずに、ずっと貯金していたそうです。それは流行り廃れの芸能界でいつまでも稼ぎ続けられるとは思えないので、その時のためにいつでも返せる様にタモリさんの為に取っていたとか。



歴史的偉人でなくとも、現代日本人に流れる「お互い様の心」そして見返りではなく、ただただ、与え好きの民族性を感じるのです。



日本は素晴らしい国なのです。誇りを持ちましょう。

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【人生はあおいくま】

両親は生まれてすぐに離婚した。
...
風呂もない、食べるものも
やっとの貧困生活。

母親は懸命に働いてくれたが、
暮らしは楽にはならなかった。

小学2年の時、少年はプールに通い、
中耳炎になった。

通院が必要な治療だったが、
少年は家計を気にして、
治療をやめた。

痛みは取れず、耳から膿も出たが、
少年は我慢した。

少年はその病気のせいで
まわりからもいじめられた。

少年は暗い性格となっていった。

中学からは新聞配達を始める。
ますます治療など行く暇もなかった。

そして、ついに放置した耳に
激痛が襲った。

診断を受けると、右耳の鼓膜はすでになく、
聴覚を失っていた。

このままだと命の危険もあると
言われ、手術を受ける。

右耳が聞こえないことは
先生や友達には話さなかった。

相手の声が聞きづらく、
いつも注意された。

相手の話しを推測して、
わかったふりをいつもしていた。

そんな辛い生活の中、
少年を楽しませたものが
ものまねだった。

右耳のハンデをカバーするために
人の表情を細かく観察する力が
身に付いていた。

教室で人気歌手のものまねをすると、
少年は一躍人気者になった。

暗い少年は人に笑ってもらう喜びを知り、
すっかり明るくなった。

高校に入ると、もっとたくさんの人前で
ものまねを見せたくなり、
近所の飲み屋に飛び込んだ。

チップをたくさんもらった。

男の才能は開花した。

新聞配達一ヶ月分の給料を
一晩で稼いだ。

地元では誰もが知る
有名人となった。

19
才、男の心に大きな夢が宿った。

男は東京に向かった。

20
才、ものまねTV番組に出場。

男のものまねは観客の度肝を抜いた。

男の芸は耳が聞こえない分、
その人の想像を膨らませ、
ものまねを超越した面白い芸となっていた。

27
才、ものまね王座決定戦で優勝。

ものまね四天王と呼ばれる。

32
才、番組プロデューサーと意見が合わず、
番組を降板。

事務所も独立し、不遇の時代があったが、
コツコツと芸を磨き、
自ら再ブレイクを果たした。

ものまねのレパートリー数は300以上、
ものまねの第一人者、

スーパーエンターティナーとなった
情熱と努力の男の名は
コロッケこと、瀧川 広志。

50
才、芸能生活30周年記念イベントでは
全レパートリーを本人と共に歌った。

51
才、東日本大震災で被災地に毎月通う。
これまで17か所で炊き出しや
慰問コンサートを行い、9000人に会った。

53
才の現在も、世の中にモノマネの
楽しさを広め、そのジャンルを築いた
パイオニアにしてトップスターである。

「僕には小さい頃から大事にしている、
 祖母から教えてもらった
 言葉があるんです。
 
 それはあおいくまです。
 
 あ…あきらめるな
 お…おこるな
 い…いそぐな
 く…くさるな
 ま…まけるな」

才能はギフト。

人はみな、ギフトを与えられている。

あなただけのギフトを。

人々を喜ばせ、人々を輝かせる。

誰もが素敵なギフトを持ってる。

あわてないで、あせらないで、

ギフトを磨いていこう。

あなたのギフトを待っている。

あなたは成功するために生まれてきた。

人生は素晴らしい。

情熱思考。

愛と感謝と尊敬を込めて、Masa.

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